
大勢の雑踏の中に埋没すると、その中のあまりの色彩の多さに、自分自身の感じ取る色彩が限られてしまうことがある。
そうだ、人は生きていくうちに、自分が感じる範囲での色しか感じなくなってしまうものなのかも知れない。
そうでなければ、この雑踏の中、有り余る情報の渦の中で人はその情報に対し、「飽和状態」になってしまうだろう。
- 2007/06/21(木) 00:58:06|
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男と女の間に「終わり」というものは根本的に存在しない。「終わった」というのは、個々人の問題であって、よく考えると、誰かと別れた男女は、必ず他の男女を見つけるものなのだ。だから、男と女は生き続ける限りその関係性における終わりなど存在しない。
人は、時としてそんな簡単なことも気づかないものなのだ。
だが、人と人は・・・・、そうは行かないだろう。
そこに人の「生きる」事の妙味があるのだ・・。
- 2007/06/19(火) 01:07:23|
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今の教育問題の大きな原因は大人にある。「親になりきれない親」「教師になりきれない教師」「覚悟のない管理職や教委」「無責任なマスコミ」・・・・。で、すべてが「子供のせい」にしている・・・・。子供の醜さや取り巻く悲惨さは、実は自分たち大人社会の貧しさに起因する。それに気づかず大人は子供の変容をことさら話題にする。だが子供は時代を映す鏡であることを忘れている。
百花繚乱、花の中で大人の論理の中で置き去りになりがちな子供は、ひたすら大人の後を必死になって追うものなのだ。このけなげな心情を心から解らないうちは「大人」とは言えないだろう・・・。
- 2007/06/11(月) 23:36:53|
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