
モデルに、「クローバー持って」と、注文したら、この天真爛漫なモデルは、その場で「四つ葉のクローバー」を見つけてしまった。
「四つ葉見つけちゃいましたぁ〜〜!!!!」
と言った瞬間・・。
至高の幸福を見つけた表情は、こんな表情なのだ。
そして、その幸福とは、こういうはからいのないところに
意外とやってくるものなのである。
こっちまで幸せになってきたひとときである。
なるほど、
幸福を手にできるものは、人を幸福にできる力があるのだ
- 2005/06/27(月) 02:39:31|
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プロのモデルはプライドがある。
なぜならば、自分はどう映るべきかが身体に染みついているからであり、逆に言うと、モデルはカメラマンを選ぶ権利さえあると言うことだ。
作品のモチが、モデルのそれと合わない時、断るのがプロだろうか、また、たとえ合わなくてもあわせるのがプロなのか・・・。
これは同時に、カメラマンにも言えることである。
土門拳曰く、「撮影者は、カメラという機械の前で、さらに被写体の前ではその存在をなくすことが必要である。」
モデルもカメラマンも「お気楽」であるなら、お気楽な写真しかできないものである。ただ、こういうお気楽な写真も、たまにはいいのかも知れない。
そもそも、表現というものは「何でもあり」というスタンスがあるべきものだからだ。ただ、それが犯罪や最低限の非常識でない限りにおいてだが。
- 2005/06/20(月) 00:26:36|
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Yosakoiソーランは、北海道の風物詩になった。
ただそれは、いくつもの流れに分化している感もある。
最近は、プライドの高いチームもあると聞くが、
要は簡単なこと。
自分が楽しく、それが他を楽しい気持ちにさせる
そんなことにつきるのではないだろうか。
こんな簡単なことに皆が気づけば、
世の中はもっと過ごしやすいものになるのだが。
- 2005/06/19(日) 21:38:47|
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動物に演出は不要である
むしろ罪作りな場合もある
しかし、それをおもしろがるのも勝手な人間の所業である
この後たぶん怒られるであろう猫には
何の罪もない・・・。
- 2005/06/13(月) 23:08:12|
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