伊集院寫眞館サテライト
プロと言うより「一流のアマチュア」になりたい・・。 「視覚=写真」「心情=文章」のコラボこそ、表現の究極と考える。
一面の菜の花
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな
2005/05/31(火) 21:04:53
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フォトエッセイ
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童・母・女
暑い夏の日
童たちは無邪気に水に戯れる
母は黙ってそれを見守る
母はかならず、
童が戯れた後の始末を気にするものだ。
それが、母という限りない気配り
しかし、
母は同時に女でもある
女は密かに
母であることに隠れながら
さりげなく
その存在を誇示するものなのだ。
だから、女は美しい
2005/05/27(金) 21:04:16
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フォトエッセイ
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大都会の不安と憂鬱
都会というものは、
人間にとって、快適と安全を求めた結果の造形である。
そもそも人を拒み、人に同化を求める自然と
対をなすものである。
だから、都会は安全で快適であるべきだ
そういう主張は
基本的にまちがっている。
なぜなら、
安全と快適という絶対は
必ず
不安と不快の対のうえで成り立つからだ。
その対が自然から人工の不安と不快に
空間が拡大するにつれ、移行する。
対になる自然の不快のキャパシティを
いつしか越えてしまうからである
だから
都会は大きくなるほどに、必ず
不安と憂鬱が生まれてくるのである。
2005/05/26(木) 22:43:00
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フォトエッセイ
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つもった雪
上の雪
さむかろな。
つめたい月がさしていて。
下の雪
重かろな。
何百人ものせていて。
中の雪
さみしかろな。
空も地面(じべた)もみえないで。
(金子みすゞの詩より)
人や物にはそれぞれ等しく「苦も楽もある」
ただ、
自分だけが苦しく感じ、自分以外のものがうらやましく見えるのは
それぞれのものや人に対するそれぞれの「苦」に対する
思いの感性が鈍いからだ。
そういう自分自身は人からうらやまれていることに
案外気が付かないものだ。
そして、自分自身を寒く、寂しくしてしまうものなのだ。
2005/05/25(水) 21:14:16
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春の妖精〜シラネアオイの花の奥に〜
温かな日差しになってくると
春の野花には妖精が宿っているという。
おそらくそれは本当なのだろう
そうでなければ
説明の付かない事は、意外とあるものだ。
凡人は錯覚と言い
賢人は生きる糧という
天才はそこにひらめきを見いだし
愚才はそのことすら気づかない。
春の日差しは、そんな感性の交差点のただ中にある。
私はどこに位置するのだろう・・。
それを考えること自体愚かなことなのだろうが・・・。
2005/05/24(火) 00:57:07
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桜下恋人之図
今年の桜の開花はことのほか遅かった
北国は、花の春が一斉に訪れる
雪に閉ざされてきた想いが
この開花と共に一気に咲きそろう
恥じらいはつぼみ
情熱は満開
いつまでも続くひとときのように
花は咲き誇る
そうだ、
恋人たちは、開花のこの一瞬が
至高のひとときなのだ。
だから、健気で、美しい
2005/05/23(月) 22:49:00
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聖母のアングル
男子修道院にある聖母
「美しき女の極地」というものがここにはあり、
修道士はこの聖母に恋したものもいたのかも知れない。
アングルを変えると
聖母はまるで少女のような表情になった。
2005/05/22(日) 22:55:05
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一人静
この花には「静御前」の霊が宿っているという
源義経の愛妾であった静御前は、
頼朝に捉えられた後、鎌倉に幽閉された
頼朝は、静に自らの前で舞を踊る事を命じ。
敵となった義経の愛妾である、静の心根の本意を探ろうとした。
吉野山 峯の白雪 ふみわけて
入りにし人の あとぞ恋しき
しづやしづ しづのをだまき
くりかへし 昔の今を
なすよしもがな
静は、殺されるのを覚悟で、義経を想い
このような今様を舞った。
この花には、そんな一途な女の恋心を感じる。
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2005/05/22(日) 08:20:52
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風とみどりと
新緑はブナ林が心地よい。
まっすぐに天空に伸びていく新緑の遠近が美しい
ふと、神秘に思うのは、
こういう春の芽吹きが、毎年繰り返されると言うことだ。
ブナの木も、その葉の姿を変えながら、不変の梵天のように
そこにある・・。
一体どのくらいの人がその営みの前で、
自らの生を振り返ることをするのだろうか
2005/05/20(金) 16:41:18
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ポイント
「不思議だよね・・・・。」
彼女はぽつりとつぶやいた
「こんな小さなレールのずれで、列車が全然別の方に行っちゃうんだよね・・。」
「うん・・・。」
そこには、転轍機の先にすっと二方向に分かれる線路が延びていた
「でもさ・・・。」
「うん?何?」
彼女は深い瞳を向けた。何かを期待するような瞳だった。
「全く違った所を出発した列車が、こんな小さなポイントに向かって、一つの方向に合わさるって事でもあるなぁ・・。」
彼女はころころと笑った。
「そうだね。逆からみるとそうなるね。・・・あたしとあなたみたい・・・・か。」
そこで彼女は深い笑みを向けた。
2005/05/19(木) 23:08:50
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素直ということ
ばか正直と言う言葉がある。
私はこの言葉はマイナスには思えない。
素直という言葉でプラスに捉えたい。
ところが、これをよしとしない風潮は
世の中がマイナスであると言うことなのか・・・。
だが、このことを心底責めるものはいないかも知れない。
後ろめたさを思いながら「利用」するものはいるが。
いずれにせよ、「素直」は美しいものである。
2005/05/18(水) 22:45:40
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埋蔵金
過去の写真の整理は、考古学の発掘と、カバーアレンジするアーティストの感覚に似る。
しかし、女とはこのように表情が変わるものなのだろうか。
ある意味、神秘的である
2005/05/17(火) 00:04:37
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あらがい
黙って静観していた猫同士の縄張り争い・・・。
ふと考えた
Kなにがしが核武装を叫ぶかとおもうと、その南の国と西の大国と、はたまたその北の大きな国との間で東の島国は小さな島をめぐって国の威信が双方にかかる。
縄張り争いというものは、人も動物も大事なことなのだ。
しかし、そのプロセスを美しいととらえるもの、悲惨ととらえるもの・・・。
ようは「程度」の問題なのだろう。
しかし、マチでは最近は猫にすら許されない、こういった「縄張り争い」
いつか、ガキ大将同士の縄張り争いを撮してみたいものだ。
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2005/05/16(月) 17:42:44
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後ろ髪
後ろ髪を引かれる・・・
というのはお人好しかバカ正直の最たるものである。
世の中はGIVE AND TAKE なのが原則だからだ。
ところが、この原則を崩す厄介なものがある。
それは、女のまなざしと
男の優柔不断さである。
そういうものなのだ
2005/05/15(日) 21:25:19
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表情の至宝というもの
過去に撮った写真の整理はおもしろい
宝はいくつも存在する・・・。
女の表情というものは、まさに宝だ。
そして、えてしてたいがいの女性は、その宝に気づいてはいないものだ。
宝を掘り出すことも、時にはいいことなのかも知れない。
2005/05/15(日) 01:37:25
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すでに見えている日差し
気づかないうちに・・・
山のブナ林は、すっかり春の装いをしていた。
いつまでも背中を縮めているわけにはいかない
2005/05/14(土) 17:19:10
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老兵
老兵は死なず、消えゆくのみ
と言ったのはマッカーサーだった。
かつては、街角に立つポストも、このように制帽をかぶって
威儀を正していたのである。
礼儀を失いつつあるこの国の移り変わりに
未だ現役のこの老兵はどんな思いを抱いているのであろう。
2005/05/13(金) 17:04:38
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途惑いと懼れ
私は写真が下手である。
そう思いながらいつも被写体に接し、懼れを持たずに平然と投稿する。
機材も貧弱、手弁当の撮影で、貪欲にただ撮すのみである。それで、いったい腕は上がっているのか、自分の表現したいものがちゃんと成就しているのか・・・・。
はなはだ疑問に思うことがあり、気恥ずかしさも伴う。
しかし、あえて、下手を白日にさらしながら自分の腕を問う・・。
これでいいのかと、ふと思うことがある。
2005/05/12(木) 21:53:50
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キャンドル
キャンドルのライティングは不思議な色合いを出す。
人は、「静かに燃える火」を見ると、なぜか癒される。
マッチ売りの少女も、
こんな感じだったのかもしれない。
2005/05/12(木) 16:19:26
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初物の妙
撮影会デビューモデルの撮影
硬い表情や統一的なニコパチが印象的であり、かつ、新鮮だ。
しかし、時折見せる柔らかさを逃さないのが腕である。
が、その頻度はおよそ100分の1
しかし、その瞬間は至宝である。
だから、おもしろいのだともいえる。
今頃の彼女はこのような表情は撮れないだろう。
自分の姿が対価になり、商品になると思った瞬間。
表情にはGive and Takeの丁々発止が生まれるからだ。
2005/05/11(水) 23:50:06
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フォトエッセイ
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彷徨
彷徨いという単語は、猫によく似合う。
あてもなく、かといって無目的でもない。
あるがままに歩くことが彷徨である。
我々の生きている日常も、本来はこういうものである。
あらがうこともなく淡々と歩き続けるのがいい。
ただ、歩くことが「目的」になっていては、この境地には
たてまい
2005/05/11(水) 16:55:14
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フォトエッセイ
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女というもの
時として女は様々な顔を見せる。
100枚を超えたショットのあたりから、「いい表情」の頻度は確かに高まる。
じつは、そのプロセスがおもしろい。
そうだ、女性は撮られるごとに「美しく」なっていくのだ。
2005/05/10(火) 23:54:26
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